2006年 08月 12日
古代アゴラの神殿群 その1 |
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アテネの古代アゴラ内には、その昔は神殿が結構ありました。
古代アゴラを歩けば古代の町を歩いている気分になります・
アゴラとはギリシャ語でお店とか市場という意味です。
この3神殿の配置図はギリシャ文化省の写真で見ると分かりやすい
でしょう。
この写真です。→3神殿配置
さて、それではへーバイトス神殿、アポロン神殿、ゼウス神殿をご案内します。
へーバイトス神殿
紀元前449年にこの神殿の建設が始まりました。
上のほうにきれいに残っているのがへーバイトス神殿で、その下の左側が
アポロン・パトロオス神殿跡とゼウス神殿跡の積石です。

へーバイトスは火と鍛冶の神で、ギリシャではイフェストスと呼ばれています。
大神ゼウスと結婚の神ヘラの息子と言われています。妻は美の女神アフロ
ディティです。
この神は古代では意外と人々に人気のある神様だったと思います。
ものづくりの神様ですから、そういう職業に人たちの信仰は深かったのでは
ないでしょうか?
へーバイトス神についてはリムノス島のとこの記事で書いています。
リムノス島 火と鍛冶の神イフェストス(へーバイトス)の仕事場
リムノス島 古代都市イフェスティアの遺跡
ほかにカヴェイロイ遺跡もあるので、リムノス島の他の遺跡について、カテゴ
リーのリムノス島で書いています。
アポロン・パトロオス神殿(Ο Ναός του Απόλλωνος Πατρώου)
へーバイトス神殿にいく途中の左側にあります。
紀元前340から320年頃似建設されました。この神殿はイオニア式の小さなもので
した。イオニアの創設の父としてアポロンを祭ったのです。
何故この神殿がアポロン・パトロオスというのかを、ギリシャ語のガイドで調べ
てみました。
ギリシャ語で父はパテーラで、パトロオスには父の意味があります。
ギリシャ語でΟ Ναός του Απόλλωνος Πατρώουではこのように表記さ
れていました。読み方は、オ・ナオス・トゥアポロナス・パテルーです。
この神殿は父なるアポロンの神殿という意味があるわけです。

この神殿から発見された彫像(アッタロスのストア博物館に展示)
その1 ニケ像

その2 アポロン・パトロオス像

ゼウス・エレフテリオスのストア( Η Στοά Ελευθερίου Διός)
この場所は現在は一般的にゼウスのストアと呼ばれています。
アポロン・パトロオス神殿の左隣にくっ付くように隣接していました。
自由と安全のために戦った人たちによって紀元前5世紀末に建設されました。
エレフテリオスという言葉には自由という意味があります。
Η Στοά Ελευθερίου Διός は イ・ストア・エレフテリウ・ディオス と読みま
すが、ディオスはジオスの発音のほうがギリシャ語に近いです。
意味はゼウスの自由神殿と古代には呼ばれていて今はストア(柱)の跡だけな
のでそう呼ばれるのかなぁと思いました。

ゼウスのストアの奥

ソクラテスはここで、友人に会ったことがある話があります。
ギリシャ哲学の父はこのの3神殿をよく歩いていたのかもしれませんね。
さてイオニアので、ついで、、
ギリシャはギリシャ語で Ελλάδα エラダ、です。
ギリシャ人は単数ではエリナス複数形ではエリネス。
ギリシャ文化はエリにズモスで、英語に直せばヘレニズムになります。
ギリシャ共和国Ελληνική Δημοκρατία(エリニキ・デモクラティア)です。
英語名称はGREECEが通称で、公式英語表記はHellenic Republicです。
さて、中東ではギリシャのことをユナニスタンとかユナンと呼んでいます。
これはイオニアという言葉から来て、古代から小アジアではそのように呼ばれ
ていました。イオニアンがユナンとなったようです。
ポチッと→
アテネの古代アゴラ内には、その昔は神殿が結構ありました。
古代アゴラを歩けば古代の町を歩いている気分になります・
アゴラとはギリシャ語でお店とか市場という意味です。
この3神殿の配置図はギリシャ文化省の写真で見ると分かりやすい
でしょう。
この写真です。→3神殿配置
さて、それではへーバイトス神殿、アポロン神殿、ゼウス神殿をご案内します。
へーバイトス神殿
紀元前449年にこの神殿の建設が始まりました。
上のほうにきれいに残っているのがへーバイトス神殿で、その下の左側が
アポロン・パトロオス神殿跡とゼウス神殿跡の積石です。

へーバイトスは火と鍛冶の神で、ギリシャではイフェストスと呼ばれています。
大神ゼウスと結婚の神ヘラの息子と言われています。妻は美の女神アフロ
ディティです。
この神は古代では意外と人々に人気のある神様だったと思います。
ものづくりの神様ですから、そういう職業に人たちの信仰は深かったのでは
ないでしょうか?
へーバイトス神についてはリムノス島のとこの記事で書いています。
リムノス島 火と鍛冶の神イフェストス(へーバイトス)の仕事場
リムノス島 古代都市イフェスティアの遺跡
ほかにカヴェイロイ遺跡もあるので、リムノス島の他の遺跡について、カテゴ
リーのリムノス島で書いています。
アポロン・パトロオス神殿(Ο Ναός του Απόλλωνος Πατρώου)
へーバイトス神殿にいく途中の左側にあります。
紀元前340から320年頃似建設されました。この神殿はイオニア式の小さなもので
した。イオニアの創設の父としてアポロンを祭ったのです。
何故この神殿がアポロン・パトロオスというのかを、ギリシャ語のガイドで調べ
てみました。
ギリシャ語で父はパテーラで、パトロオスには父の意味があります。
ギリシャ語でΟ Ναός του Απόλλωνος Πατρώουではこのように表記さ
れていました。読み方は、オ・ナオス・トゥアポロナス・パテルーです。
この神殿は父なるアポロンの神殿という意味があるわけです。

この神殿から発見された彫像(アッタロスのストア博物館に展示)
その1 ニケ像

その2 アポロン・パトロオス像

ゼウス・エレフテリオスのストア( Η Στοά Ελευθερίου Διός)
この場所は現在は一般的にゼウスのストアと呼ばれています。
アポロン・パトロオス神殿の左隣にくっ付くように隣接していました。
自由と安全のために戦った人たちによって紀元前5世紀末に建設されました。
エレフテリオスという言葉には自由という意味があります。
Η Στοά Ελευθερίου Διός は イ・ストア・エレフテリウ・ディオス と読みま
すが、ディオスはジオスの発音のほうがギリシャ語に近いです。
意味はゼウスの自由神殿と古代には呼ばれていて今はストア(柱)の跡だけな
のでそう呼ばれるのかなぁと思いました。

ゼウスのストアの奥

ソクラテスはここで、友人に会ったことがある話があります。
ギリシャ哲学の父はこのの3神殿をよく歩いていたのかもしれませんね。
さてイオニアので、ついで、、
ギリシャはギリシャ語で Ελλάδα エラダ、です。
ギリシャ人は単数ではエリナス複数形ではエリネス。
ギリシャ文化はエリにズモスで、英語に直せばヘレニズムになります。
ギリシャ共和国Ελληνική Δημοκρατία(エリニキ・デモクラティア)です。
英語名称はGREECEが通称で、公式英語表記はHellenic Republicです。
さて、中東ではギリシャのことをユナニスタンとかユナンと呼んでいます。
これはイオニアという言葉から来て、古代から小アジアではそのように呼ばれ
ていました。イオニアンがユナンとなったようです。
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by lemonodasos
| 2006-08-12 05:48
| アテネ古代遺跡
|
Comments(14)
「父なるアポロン」という表現の「父なる」の部分からイメージしたのが、キリスト教の三位一体~「父なる神」「子なるイエス・キリスト」「聖霊」の中の「父なる神」です。キリスト教以前のギリシャにも「父なる」という共通認識があったのだと、改めて知りました。専門的なことはよくわかりませんが、日本には「父なる」という宗教観が無いような気がします。母なる大地に対して、天空が「父なる」になるのかもしれませんが、少なくとも私には、そういう感覚がありません。
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今日のは・・・とっても読み応えがありました。義経の八艘とび。アチャコチャ飛んでは戻って。去年の9月のブログまで遊んできましたよ。でも地名と名前が多くてコンドーしそう。
それにしても夫婦喧嘩に入ったばかりに、空から突き落とす父親って怖いな~。天孫降臨の矢じりのような話に似通ってはいますが?
一回読んだくらいでは?も一度ゆっくり来ますね!
それにしても夫婦喧嘩に入ったばかりに、空から突き落とす父親って怖いな~。天孫降臨の矢じりのような話に似通ってはいますが?
一回読んだくらいでは?も一度ゆっくり来ますね!
昨日やっと時間作ってはるばる上野まで行ったのにギリシャローマ彫刻展長蛇の列で諦めました。すごい人気みたいですね。ヘーバイトスって足の悪い神様で誰かとつるんでたのを網で捕らえられたんですよね!?イリアスにこの人が作った実に描写のリアルなアキレウスの盾の話がありました。
オルサさん、新約聖書の記述者はギリシャ人だったのだと思います。
最初の新約聖書はギリシャ語でした。アポロン神は文化芸術(スポーツも含む)の神で太陽神ですが、ギリシャ神話では実際に太陽を動かしているのは、イリオス神です。イリオスはギリシャ語で太陽です。
アポロンは忙しい神でデルフィで神託を出したり、イリンピックに参加したリ、文化芸術を高めたり、、、。
ローマ神話になると、アポロンが太陽のように地上を回って、アルテミス女神が月を動かしていることになっています。ちょっとロマンチックの神話が多くなるように思います。
最初の新約聖書はギリシャ語でした。アポロン神は文化芸術(スポーツも含む)の神で太陽神ですが、ギリシャ神話では実際に太陽を動かしているのは、イリオス神です。イリオスはギリシャ語で太陽です。
アポロンは忙しい神でデルフィで神託を出したり、イリンピックに参加したリ、文化芸術を高めたり、、、。
ローマ神話になると、アポロンが太陽のように地上を回って、アルテミス女神が月を動かしていることになっています。ちょっとロマンチックの神話が多くなるように思います。
mariさん、大神ゼウスと女神ヘラはかわいそうに思って、へーバイトスにキプロス島生まれの美の女神アフロディティを妻にしてあげましたが、この結婚は失敗だったようですね。
ミチルさん、大理石の彫刻は美しいですね。アテネ考古学博物館にたくさんありますが、説明書きを読みながら、彫像を一々みていると頭痛がします。多すぎるのと、勉強っぽくなると気持ちが悪くなってしまいます。
ここで質問!
貴女はツルツルとギリシャ神話の神々の名前言います(書きます)がしっかり覚えているのですか?昔から知っているのですか?そちらに住むようになって覚えたのですか?資料を読むのですか?
あ~~ごめんなさい。こんな質問一回こっきりです。ごめんなさい(ペコリ)決して笑わないでね?
貴女はツルツルとギリシャ神話の神々の名前言います(書きます)がしっかり覚えているのですか?昔から知っているのですか?そちらに住むようになって覚えたのですか?資料を読むのですか?
あ~~ごめんなさい。こんな質問一回こっきりです。ごめんなさい(ペコリ)決して笑わないでね?
ご無沙汰しておりました。出雲も神話の国ですが、やはりギリシャとは歴史の古さが違いますね。以前ギリシャ神話と日本神話の接点はあるのかないのか、あればどこに見ることができるのかなどというのを仕事で探索しましたが、案外似たストーリー展開のものがあったりしました。でも、ルーツはべつですものねえ。帰国中に古代史関連の地に行ってみるつもりです。
mari さん、ギリシャに来てから、ちょっと旅行すると、そこのいわれを村に人たちに聞いたり、神話で読んだいた話があります。ギリシャの地方に行くと神話に出てくるところがあるのです。
日本昔話のような感じで名所旧跡があるので、へぇ~と覚えてしまいました。
日本昔話のような感じで名所旧跡があるので、へぇ~と覚えてしまいました。
lanovaさん、日本の桃太郎が、ギリシャの英雄オデュセウスの日本バージョンなのだそうです。桃太郎のもっと古いのが百合若物語とか言うのがあるらしいです。百合若ののユリですが、オデュセウス述べ地名はユリシーズです。まぁ、それが事実かどうかは分かりませんが、、、。
出雲の神話・ギリシャの神話そして日本のおとぎ話!
何か繋ぐ接点があるのですね?そういう風に感じると楽しくなってきます。lemanodasosさんの話す事、全てがとっても興味深いものに感じられてきますね!
何か繋ぐ接点があるのですね?そういう風に感じると楽しくなってきます。lemanodasosさんの話す事、全てがとっても興味深いものに感じられてきますね!
mariさん、その日本に出雲神話があるように、ギリシャにも意外な村に、英雄伝説があったりします。
いま、薮田絃一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興されたとの説になっています。
そうすると、がぜんあの有名な出雲の青銅器時代がおわり四隅突出墳丘墓が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と安来-妻木晩田の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。
そうすると、がぜんあの有名な出雲の青銅器時代がおわり四隅突出墳丘墓が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と安来-妻木晩田の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。
シュリーマンさん、そういえば、ミノア円形墳墓、ミケーネ円形墳墓、マケドニアの王族、貴族の墳墓は、円形ですが、古墳に似ています。
紀元前6世紀にピタゴラスでさえ、インドへ行っていたのだから、遠くへ行った人、遠くから来た人もいたのでしょう。
日本は地図上で世界のはずれのように思う人がいますが、果てを目指してトコトコ出かけて行った人が、たくさんいたようの思います。
ギリシャまで、中央アフリカのほうから、トコトコ歩いて、海を渡ってきた人が、最近たくさんいるので、昔もこのようなことをしていたかな?と思うことがあります。
同じ遺跡を何度も見ますが、そのたびに気がつくことが多いです。
紀元前6世紀にピタゴラスでさえ、インドへ行っていたのだから、遠くへ行った人、遠くから来た人もいたのでしょう。
日本は地図上で世界のはずれのように思う人がいますが、果てを目指してトコトコ出かけて行った人が、たくさんいたようの思います。
ギリシャまで、中央アフリカのほうから、トコトコ歩いて、海を渡ってきた人が、最近たくさんいるので、昔もこのようなことをしていたかな?と思うことがあります。
同じ遺跡を何度も見ますが、そのたびに気がつくことが多いです。


