クレタ島マリア宮殿 ミノア時代 |
Μινωικό Ανάκτορο Ανακτόρο των Μαλίων
Minoan Palace of Malia
クレタ島イラクリオ県ヘルソニソス共同自治体マリア
Κρήτη,Ηράκλειο, Χερσονήσος,Μαλία
Crete, Iraklio Hersonesus,Malia
マリア宮殿は紀元前2000年から紀元前1900年に建築されたものである。
紀元前1700年に宮殿は破壊され、紀元前1650年に再建された。
その200年後、紀元前1450年に再び破壊され、こ打ち捨てられたままになった。
この場所には紀元前6000年から紀元前3000年に、すでに人が住んでいた。
そして紀元前2500年から紀元前2000年の頃の住宅の遺跡が出土している。
神話によるとゼウス大神とフェニキア王女エウロパの間に三人の息子がいて、
クノッソス宮殿にミノスが住み、フェストス宮殿ラダマンテスが住む、そしてこのマリア宮殿にサルぺードンが住んだ。この息子たちは三つ子で生まれたという。

個人的感想→マリアという発音なのですが、現地では、おおざっぱな私の耳には、マリャと聞こえます。
地下室・クリプト

ミノア時代の地下室の中に西暦6世紀のバシリカ教会のようなものが建てられたようだ。

地下聖堂の続きの部屋にピトスがある。

中央コート
中央コートを囲んで宮殿が建設された。


広い中央コートの中央に祭壇がリ、右のほうにビザンティン時代の砲丸がある。

祭壇

南の入口

北の入口

大階段

階段か劇場か

王族の居室
王族の居室があったところ、今はないが、浴室が残ってる。
浴室の看板

ここがミノア時代のお風呂場なのだが、ここに湯を入れたのか、或いは陶器の浴槽があったのか、わからない。

宮殿の聖域
ケルノスと呼ばれる大理石のテーブルがあって、ここにミノア時代のマリア人は供物を入れたのかも指令、或いはゲーム盤かもしれない。

倉庫
南側倉庫

北側倉庫付近
倉庫と調理場などもあるというのだが、
どこからどこまでなのか、地面を見ているだけなので分からない。

柱廊に6本の柱がある

柱廊の奥に広間がある。
ここで宴会などが行われたかもしれないという。

マリア宮殿そのほかの写真集

このピトスにはワイン、オリーブオイルなど1000リットル以上入るというのだが、聞いた話で、本当のところはわからない。

階段がついているのでミノア時代はこの空気しかないところにも部屋があったのだろう。

保護屋根の遺跡があるのだが、何なのか分からなかった。

マリア宮殿の復元図

遺跡調査が進み、表示はときどき書き換えられていて、違うものなっていることがあります。本の読み込み不足もありますが、いろいろな調整がなされていくと思うので、ときどき見返すことが必要かなと思いました。
クレタ島マリア宮殿 ミノア時代
Mινωικό Ανάκτορo Μαλίων Minoan Palace of Malia
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クレタ島には大規模な遺跡が多いのですね。
もし本当にオリーブオイルを1000ℓ入れていたとしたら
それだけ使っていたということになります。
料理だけでなく体に塗ったりもしたようですが
そんなにオリーブオイルを使うかなあ?
昔の人の生活が気になります。
ヴォロスでも大きな甕を見ました。やっぱりあれくらいの
大きな甕が昔は使われていたのですね。



