大アイアスの宮殿 サラミス島 |
Μυκηναϊκή ακρόπολη στα Κανάκια:Το ανάκτορο του Αίαντα του Τελαμώνιου
Mycenaean Acropolis at Kanakia:The palace of Aias(Ajax) of Telamonius
サラミス島の南西にカナキアという海岸の村に、ミケーネ時代のアクロポリスがあります。そこに宮殿があって、大アイアスの宮殿と呼ばれています。

この遺跡範囲は5ヘクタールの渡り、宮殿、神域、居住者家、作業室、収納庫、墓地などがあります。遺跡から33の部屋を発見し、宮殿は4階建とのことです。そして宮殿でだけで750平方メートルあります。ベンチのようなものあって王族のベッドではないかということです。
この遺跡は古くは紀元前4000年或いは3000年頃から始まり紀元前1300年頃には繁栄した国家になっていたようです。その後紀元前1200年頃のトロイ戦争の後には、この都市国家は打ちすてられてしまったようです。
なぜうち捨てられたのか?
アイアスの息子たちは何代か後に紆余曲折して、アテナイにサラミスを帰属させ、アテナイのメリテ地区(プニクスの向こう)とヴラヴロナ(ブラウロン)に広大な土地をもらい、政治家として活躍する人物を輩出していきました。ミルティアディス将軍はペルシャ軍とマラトンで戦い、アテナイを勝利に導きました。そしてその息子もキロンも偉大なる政治家でした。キロンはペリクレス(テセウスの子孫)と同時代の政治家でありました。
歴史的にはキプロス島にサラミスという名前の古代都市が紀元前1100年頃に成立しています。この年はサラミス島の王子テウクロス建設されたということです。

アイアスについて
ホメロスのイリアスでの英雄アキレウスはトロイ王子パリスによって、アキレス腱に弓を射られて、倒されます。パリスというのはイリアスの中で最も美しい男であります。このパリスは絶世の美女ヘレネをスパルタから連れ出したことから、戦争になってしまいました。詳しい話はイリアスをお読みくださいませ。
アキレウスの死後、その母であるテティス女神がアキレウスの武具をかけた試合を開くと言い出したので、オデュセウスとアイアスが出場しました。引き分けの試合でしたが、どちらが勝利かを判定をしなくてはなりませんでした。判定はオデュセウスの勝利でした。
アイアスはこれに憤慨し怒り狂います。陣中でオデュセウスを殺そうと、たくさんの人々を殺しまくったのですが、正気に戻るとそれらは人間ではなく羊でした。これはアテナ女神がそのようにしたのでした。アテナ神にも嫌われたと思い、名誉を重んじるアイアスは絶望して自殺をしてしまいます。それはホメロスのイリアスの中での話であります。
実際は紀元前800年頃の生きていたホメロスが500年以上も前の話とその当地の有名な人々を織り交ぜて作った叙事詩なので、年代的つながりや英雄たちの言われなどについては創作的な部分があります。イリアスに出てきた英雄たちはの活躍は、吟遊詩人が各所をを訪れ、ご当地の英雄を織り交ぜて、叙事詩を詠い演じたのではないのかな?と思います。ホメロスは叙事詩の作家であり、神話作家でもありました。
ホメロスやヘシオドスのような偉大なる叙事詩人の出現は、ギリシャ世界に民族意識を与えたことの大きな貢献、を与えています。そのように歴史家のヘロドトスも言っていました。加えて、ヘロドトスは、皮肉かもしれませんんが、彼らは神々に名前を与え、役割を決めたとか、言ってます。神は人間のように勝手な部分を創作しているのが気に食わなかったのかなとちょっと思いました。
ホメロスに出てくる神話の英雄たちの遺跡があるので、まったく神話でもないのです。
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アイアス関係の遺跡を見せていただき
ありがとうございました。
サラミスがアイアスの島だとは知っていましたが
ちゃんと遺跡まで残っているとは知りませんでしたが。
神話と現実世界の接点があるのはいいことですね。
ギリシア神話の魅力は物語が単なる作り話ではないところだと
思っています。
ナポレオンはギリシャ人、という話です。
実はギリシャのラコニア地方にナポレオンという名前の人たちがいて、別にフランスの英雄ナポレオンにちなんだわけではありません。コルシカ島の英雄ナポレオンの出身地アジャクシオ(アイアスの場所)であり、彼の父はギリシャ語を話していたとか、、、。
まぁ、よくわかりませんが、フランス人(ガリア人)が古代に小アジアに古代都市も作っていたりするので、面白いです。



