2016年 08月 05日
ティヴァ考古学博物館 古代テーバイの出土品を中心の展示 |
Αρχαιολογικό Μουσείο Θηβών
Archaeological Museum of Thebes
Θρεψιάδου 1, πλατεία Κεραμοπούλλου, Τ.Κ. 32200, Θήβα, Βοιωτίας
Thepsiadou 1,plateia Keramopoyllou,Τ.Κ. 32200, Thiva, Viotia)
Open - Winter: 8:00 - 15:00/- Summer: 8:00 - 20:00
Telephone: +30 22620 27913/Fax: +30 22620 23559
ティヴァ考古学博物館がオープンした。
10年位以上もずっと閉まっていて、毎年いつ開くのか?と電話していた。
新しくなった博物館はとても充実していた。
ティヴァ考古学博物館の庭に13世紀建てられたフランク人の塔が残っている。
なんか、それほど、大したこともないかもしれないと思ったのだが、中に入ると、なかなか趣があり、深い歴史を感じる。

等の入り口がきれいに修復されていた。

中は結構広く、中世の城主とその夫人が飾ってあったが、それは最近誰かが描いたもので、なかなか情緒があった。

分厚い壁に明り取りの窓がついている。

ガラス床の下の地中にフランク人のヘルメットなのか、砲弾なのか知らないがあった。ここにいたフランク人は後世に攻め込んできたカタロニア人によって全滅したという。あまり資料がないので、よくわからない。

中世の塔のわきに大きなライオン像が何体化展示されていた。

ライオン像の周辺の屋根のある庭というかロビーに彫像類が展示されていた。


大理石の円形祭壇

大理石の女性のレリーフ、おそらくアフロディーテ女神像

アンフォラ

クレタからテーバイへ運ばれたオリーブオイルはこのアンフォラという壺に収められていた。アンフォラというのはブドウ、オリーブ・オイル、ワイン、オリーブ、穀物、魚、ドライフルーツなどのを入れて保存したものである。このアンフォラには線文字Bで文字が書かれている。
ミケーネ時代のラルナクス

ラルナクスとはギリシャ文字ではλάρναξ( 複λάρνακες) で、ラテン文字ではlarnax (複 larnakes)と書く。
これらのラルナクスは紀元前14世紀から紀元前13世紀のもので、火葬され灰など人間の身体、骨などが納められた、小さな棺として使用された。これらのものはミケーネ時代のものではあるが、ミノア時代の影響を多く受けている。
ミケーネ時代の宮殿の壁画

この壁画は旧カドモス宮殿(オールドカドミオン)跡から発見されたもので、巫女たちが描かれている。
アポロン・プトオス聖域で発見されたクーロス像

アポロン・プトオス聖域からの出土品多く、アテネの国立考古学博物館にもクーロス像をはじめとする様々な出土品が展示されている。
古代テーバイにあったカヴィリ聖域で発見された奉納品

カヴィリの神々はへーバイトス神(火山、鍛冶、職人)とリムノス島カヴィロという女神の子供たちである。この子供たちは性別も名前も秘密にされている偉大なる神々なのである。カヴィリの神々に聖域はリムノス島、サモトラケ島、ディロス島、インブロス島(現在トルコ)、本土のヴィオティア(ボイオティア)のティヴァ(古代テーバイ)にあった。
古代都市タナグラで製作されたタナグラ人形と呼ばれるテラコッタの小像類

このテラコッタ像ができたときは彩色されたものだった。古代ギリシャの全土からタナグラのテラコッタ像は出土する。古代タナグラはお人形の名産地だったのかもしれない。今は色あせてしまった。歯科医古代の大理石彫像も真っ白と思う人がいるが実は彩色されていたのだった。
Archaeological Museum of Thebes
Θρεψιάδου 1, πλατεία Κεραμοπούλλου, Τ.Κ. 32200, Θήβα, Βοιωτίας
Thepsiadou 1,plateia Keramopoyllou,Τ.Κ. 32200, Thiva, Viotia)
Open - Winter: 8:00 - 15:00/- Summer: 8:00 - 20:00
Telephone: +30 22620 27913/Fax: +30 22620 23559
ティヴァ考古学博物館がオープンした。
10年位以上もずっと閉まっていて、毎年いつ開くのか?と電話していた。
新しくなった博物館はとても充実していた。
博物館の庭
ティヴァ考古学博物館の庭に13世紀建てられたフランク人の塔が残っている。
なんか、それほど、大したこともないかもしれないと思ったのだが、中に入ると、なかなか趣があり、深い歴史を感じる。

等の入り口がきれいに修復されていた。

中は結構広く、中世の城主とその夫人が飾ってあったが、それは最近誰かが描いたもので、なかなか情緒があった。

分厚い壁に明り取りの窓がついている。

ガラス床の下の地中にフランク人のヘルメットなのか、砲弾なのか知らないがあった。ここにいたフランク人は後世に攻め込んできたカタロニア人によって全滅したという。あまり資料がないので、よくわからない。

中世の塔のわきに大きなライオン像が何体化展示されていた。

ライオン像の周辺の屋根のある庭というかロビーに彫像類が展示されていた。

博物館のロビーの展示
大理石の墓碑
大理石の円形祭壇

大理石の女性のレリーフ、おそらくアフロディーテ女神像

博物館内の展示
アンフォラ

クレタからテーバイへ運ばれたオリーブオイルはこのアンフォラという壺に収められていた。アンフォラというのはブドウ、オリーブ・オイル、ワイン、オリーブ、穀物、魚、ドライフルーツなどのを入れて保存したものである。このアンフォラには線文字Bで文字が書かれている。
ミケーネ時代のラルナクス

ラルナクスとはギリシャ文字ではλάρναξ( 複λάρνακες) で、ラテン文字ではlarnax (複 larnakes)と書く。
これらのラルナクスは紀元前14世紀から紀元前13世紀のもので、火葬され灰など人間の身体、骨などが納められた、小さな棺として使用された。これらのものはミケーネ時代のものではあるが、ミノア時代の影響を多く受けている。
ミケーネ時代の宮殿の壁画

この壁画は旧カドモス宮殿(オールドカドミオン)跡から発見されたもので、巫女たちが描かれている。
アポロン・プトオス聖域で発見されたクーロス像

アポロン・プトオス聖域からの出土品多く、アテネの国立考古学博物館にもクーロス像をはじめとする様々な出土品が展示されている。
古代テーバイにあったカヴィリ聖域で発見された奉納品

カヴィリの神々はへーバイトス神(火山、鍛冶、職人)とリムノス島カヴィロという女神の子供たちである。この子供たちは性別も名前も秘密にされている偉大なる神々なのである。カヴィリの神々に聖域はリムノス島、サモトラケ島、ディロス島、インブロス島(現在トルコ)、本土のヴィオティア(ボイオティア)のティヴァ(古代テーバイ)にあった。
古代都市タナグラで製作されたタナグラ人形と呼ばれるテラコッタの小像類

このテラコッタ像ができたときは彩色されたものだった。古代ギリシャの全土からタナグラのテラコッタ像は出土する。古代タナグラはお人形の名産地だったのかもしれない。今は色あせてしまった。歯科医古代の大理石彫像も真っ白と思う人がいるが実は彩色されていたのだった。
by lemonodasos
| 2016-08-05 21:38
| ティヴァ考古学博物館
|
Comments(5)
こちらはアテネからバスで1時間ちょっとの距離にある
オイディプスで有名なあのテーバイの博物館ですよね?
行ったことありますが、何だか変わったような気がします。
旧カドモス宮殿(オールドカドミオン)跡からとは
テーバイのど真ん中にある遺跡とは別物ですか?
テーバイは神話の宝庫ですね。
今でもあこがれの町です。
オイディプスで有名なあのテーバイの博物館ですよね?
行ったことありますが、何だか変わったような気がします。
旧カドモス宮殿(オールドカドミオン)跡からとは
テーバイのど真ん中にある遺跡とは別物ですか?
テーバイは神話の宝庫ですね。
今でもあこがれの町です。
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橘さん、そうです。あの町中のをカドモス宮殿ですね。
おそらくあちこちつながってボロボロで、どこがどう新旧なのかわかりません。
それからまだ公開されてはいないのですが、この博物館の下にも遺跡があります。またこの博物館近くの教会脇にもあります。
しかしどれもこれもボロボロでス。それにわかりにくい。
町の中には南アジアの人が民族服のままうろうろしていました。
町の人よりも多く歩いていたりして、なんだかもう、不思議。
歩くのは注意が必要です。
おそらくあちこちつながってボロボロで、どこがどう新旧なのかわかりません。
それからまだ公開されてはいないのですが、この博物館の下にも遺跡があります。またこの博物館近くの教会脇にもあります。
しかしどれもこれもボロボロでス。それにわかりにくい。
町の中には南アジアの人が民族服のままうろうろしていました。
町の人よりも多く歩いていたりして、なんだかもう、不思議。
歩くのは注意が必要です。
そうですか、やっぱりあの町なのですね。
それにしても博物館の下にも遺跡があるなんてすごいです。
つまり遺跡の上に博物館を建てたということですね。
でもあの町は歴史的に見てもいろいろあったようですし、
神話でも多くの話でテーバイが出てくるので
遺跡の上に町が乗っかっていても納得できます。
15年前は東洋系の人なんて見かけませんでしたが
今はテーバイにも不思議な人がいるのですか。
「ニーハオ」と現地の子どもに挨拶された昔がなつかしいです。
それにしても博物館の下にも遺跡があるなんてすごいです。
つまり遺跡の上に博物館を建てたということですね。
でもあの町は歴史的に見てもいろいろあったようですし、
神話でも多くの話でテーバイが出てくるので
遺跡の上に町が乗っかっていても納得できます。
15年前は東洋系の人なんて見かけませんでしたが
今はテーバイにも不思議な人がいるのですか。
「ニーハオ」と現地の子どもに挨拶された昔がなつかしいです。
橘さん、博物館外の公衆電話とベンチがあって、そこに民族服を着た農業のお手伝いの方たちが憩っていっました。いったいここはどこなのだろうと思いました。
小さな山の形をしたオイディプスの子供たち大墳墓のある公園には
たくさんそういう方たちがいました。不思議で怖かったです。
小さな山の形をしたオイディプスの子供たち大墳墓のある公園には
たくさんそういう方たちがいました。不思議で怖かったです。
いったいどういう経緯でそこにいらっしゃるのでしょうかねぇ。・・



