ゼウス神殿 |

ゼウスについて私の知っていることといえば、ギリシャ語ではΔιας=ディアスかΖευς =ゼフスです。前者の方が一般的です。ところでスペインやポルトガルではキリスト教の神にディアスを使っているそうな…。
さてギリシャの大神ゼウスのお父さんとお母さんはクロノスとレアです。この2人神殿もゼウス神殿の近くにあるので、後日行ってみたいと思っています。。
このゼウス神殿はギリシャに現存する神殿の中では最大規模な神殿です。この柱が立派ですね。完成状態のときは豪壮華麗なものだったのでしょう。ちょっと離れて2本ありますが、実際に柱はそこまでズラッと並んでありました。今はありません。実はない理由があるのです。
紀元前6世紀にアテネの支配者ペイシストラトスによってこの神殿の着工が始まりました。その息子たちの代に政変はあって未完成のままになったのです。紀元前2世紀に、この神殿を完成させようと言う動きがありましたが、結局紀元後132年にローマ皇帝ハドリアヌスによって完成されたのです。
完成当時の神殿コリント様式で84本の柱があり、その大きさは縦107.45メートル横41メートルでした。現在は15本しか柱が残っていません。中世にやってきたバルバロイと呼ばれる蛮族によって、柱は倒されて、どこかの建物に廃物利用したのです。石切り場から取ってくるよりここから持ってくるほうが楽ですからねぇ。まったくもう…。この神殿の柱を修復するのではなく、廃物利用で新しい建物を作るとは!文化のブーの字もわかんない人たちだったんでしょうかね?やっぱり蛮族と呼ばれてもしょうがないんです。
バルバロイはギリシャ語でない言葉を使う野蛮な人たちが、バロバロしゃべっているので、バルバロイというのです。英語の辞書によればバーバリアンズになるのでしょうか?
ハドリアヌス帝の門
ハドリアヌス皇帝の門はゼウス神殿の中から撮影しました。ゼウス神殿からアクロポリスに向かうときに通る門です。この門とアクロポリスの方面にはギリシャ人が住んでいました。この門は131年の出来たものです。
ハドリアヌス帝はたくさんのローマ人の部下たちも連れてきたのだと思いますよ。
紀元後130年代で、まぁ古代と言いたければたければ古代と言えば!です。
ハドリアヌス帝といえばローマの五賢帝の一人です。紀元後77年に生まれて138年に没しています。
ああ、写真撮り歩くの疲れっちゃいましたねぇ、ああ、明日はどこへ行けばいいのでしょうか?まだ写真のストックはあるんですよ。そうですなぁ…疲れていなかったら古代墓地ケラミコスに行ってみようかなぁ?或いはアルメニア教会、或いはユダヤ人教会…、なんか暑くなりすぎました。シミも出来るのでウッカリに外歩きも出来ません。
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形あるものはいずれ壊れるといいますが、実にもったいないですね。


