2009年 04月 13日
太陽神ヘリオスの頭部とヘレニズム彫像の特徴 |
太陽神ヘリオスの頭部
Κεφαλή του Θεού Ηλίου
Head of the God Helios
ロードス考古学博物館
Αρχαιολογικό Μουσείο Ρόδου
Archaeological Museum of Rhodes
この太陽神へリオス神は、紀元前300年から紀元前100年頃の
ヘレニズム時代の手法で製作されています。
ヘレニズム時代とはアレクサンドロス大王の東征からの300年をいいます。
それまでのギリシャ文化が当方の分文化と融合して
ヘレニズム文化(ギリシャ風文化)が生まれました。
そのように山川出版の世界史の教科書に書かれていました。
ヘレニズムはギリシャ語源で、現地ではエリニスモスです。
その芸術の代表がラオコーン像です。
ロードス島の守護神であリ、太陽神であるヘリオスは美しい面立ちをしています。
このどこがヘレニズムの手法かというと、、
口を少し開き息をふっと吐いている感じで、
首をねじった(首を曲げている)感じで、
どこかを見つめている感じ、、、
そういうふうに私は思いました。

太陽神ヘリオスについてはこちらでご覧ください。→ へーリオス
ヘリオスはギリシャ語でイリオスで、意味は太陽で、
そのまま、太陽として普段に使用されています。
アポロンも太陽神ですが、ヘリオスは実際に太陽を動かし、
アポロンは太陽もですが、人々の心に学問芸術スポーツで光を与えるのです・
ロードス考古学博物館のヘレニズム時代の作品として、
少年の頭部がありました。

ほかには有名な作品を二つ
口を少し開き息をふっと吐いている感じで、
首をねじった(首を曲げている)感じで、
どこかを見つめている感じ、、、
この下の写真はギリシャの考古学の雑誌「アキオロギア」から切り抜きました。
もしもNGが来たら掲載を外します。

左がイスタンブル(コンスタンチノポリ)考古学博物館の
マケドニア帝国アレクサンドロス大王の頭部です。
右はお釈迦様の顔だと思います。
インドの仏教美術に影響を与えています。
どこのお寺或いは考古学博物館にあるのか、
わからないので、調査中です。
イスタンブルは古代ギリシャ語のイス・ティン・ポリが音便化されたものです。
意味は to the city という意味です。
マケドニアとはマケドノスというゼウスの息子から始まったという神話があります。
マクリス、長い、遠いからきています。ギリシャのマケドニア地方の人は背が高いです。
現在はマクリスは長い、マクロスは長さという意味で使用されます。
ちなみにマケドニア人は長身の人が多いです。
私の従妹は身長が180くらいでハイヒールなどを履いてます。
美人ですが、モデルというよりアマゾン戦士という感じです。
マケドニアのアレクサンドロス大王はヘラクレスの子孫であり、アレクソ(防ぐ、はじく)+アンドロス(人間、男)の意味です。
父フィリッポスはフィロ(愛、友人)+イポス(馬)という意味、母オリンピアスは出自はエイペロス(イピロス)王女で、アキレウスのルーツになります。
隣国に北マケドニアという国が、マケドニア人の末裔と騒ぎ、ギリシャに同名の領土を我が領土と騒いでいますが、しゃべっている言葉がブルガリア語と通じています。
しかしながらブルガリアがブルガリアの地に住み始めたのは西暦(中世)ですから、何を言う!です。北マケドニアのプロパガンダが凄いです。ギリシャは我らのものと言ってます。
ブルガリア政府とギリシャ政府の見解ですは次のような感じです。
中世の一時期、ブルガリア王国が現在のギリシャのマケドニア地方の一部と北マケドニアを奪って、植民したので、その残りが、ギリシャを挟んで北マケドニアにいるという状態だということです。北マケドニアの首相か大統領がブルガリア訪問した時に通訳を連れて行ったわけですが、ブルガリアの政府要人がにっこり微笑み、このように言葉が通じているのだから、通訳は必要ないだろう、と言っているのをテレビで見たことあります。
ギリシャでは北マケドニアをフィロムと呼んでいます。
Former Yugoslav Republic of Macedonia FYROM
この国の首都はスコピアで、古代ギリシャ語でスコポス番兵とか゚兵隊の意味があって、そのころには紀元前であったので、ブルガリア語というか北マケドニア語を話す人々は住んでいなかったようです。そこに古代マケドニア(ヘーレン人たち)の兵隊を置いたと古代ギリシャや古代ローマの歴史本には書かれています。ちなみ現在北マケドニアと名乗る国ではアレクサンドロスをアレグザンダーと言います。アレクサンドロスの時代はヨーロッパの主要言語はギリシャ語でした。スラブ語ではありません。そういうことをちょっと前に北マケドニア人と話したら、ものすごい勢いで、怒られました。なんかヨーロッパ史は通じないと思いました。
ちなみにギリシャとか、ギリシアというのは日本人の呼び方です。
英語にするとギリシャの国名はHellenic Republic(ヘレニック・リパブリック)で、
ギリシャ語だとエリニキ・デモクラティアですね。
意味はヘレネスの共和国、ヘーレン(現代エーレン)人の共和国という意味です。
ギリシャ人・・・現代エリナス(複エリネス) 古代へレナス(複ヘレネス)
ギリシャ・・・エラス、エラダ、ヘラス
ヘレニズム・・・・エリニスモス
ヘーレンという人物、現代ギリシャ語だとエーレンと人物について調べて見ました。
ヘーレンはどのような人物かというと
~Wikipediaヘーレンの抄から~
プロメーテウスの子デウカリオーンは、エピメーテウスとパンドーラーの娘であるピュラーを妻とし、そのあいだに最初に生まれたのがヘレーンである。しかし別の説では、ヘレーンはゼウスの息子であるともされる。また更に別の説では、彼はプロメーテウスの息子ともされ、デウカリオーンの兄弟とされる 。それは「青銅の時代」を終焉させた大洪水の後のことで、人間の種族が地上で再び栄え、「英雄時代」が始まった頃である。
このヘーレンから始まる人々がヘーレン人(ギリシャ人)である。ヘーレンの子孫にイオン(イオアニア人の始祖)やアカイオス(アカイア人の始祖)が生まれてくるのである。
ブログにお越しになった方へ
お手間をかけて申し訳ありませんが
投票よろしくお願いします。
☆☆☆
投票いただき、まことにありがとうございました。
Κεφαλή του Θεού Ηλίου
Head of the God Helios
ロードス考古学博物館
Αρχαιολογικό Μουσείο Ρόδου
Archaeological Museum of Rhodes
この太陽神へリオス神は、紀元前300年から紀元前100年頃の
ヘレニズム時代の手法で製作されています。
ヘレニズム時代とはアレクサンドロス大王の東征からの300年をいいます。
それまでのギリシャ文化が当方の分文化と融合して
ヘレニズム文化(ギリシャ風文化)が生まれました。
そのように山川出版の世界史の教科書に書かれていました。
ヘレニズムはギリシャ語源で、現地ではエリニスモスです。
その芸術の代表がラオコーン像です。
ロードス島の守護神であリ、太陽神であるヘリオスは美しい面立ちをしています。
このどこがヘレニズムの手法かというと、、
口を少し開き息をふっと吐いている感じで、
首をねじった(首を曲げている)感じで、
どこかを見つめている感じ、、、
そういうふうに私は思いました。

太陽神ヘリオスについてはこちらでご覧ください。→ へーリオス
ヘリオスはギリシャ語でイリオスで、意味は太陽で、
そのまま、太陽として普段に使用されています。
アポロンも太陽神ですが、ヘリオスは実際に太陽を動かし、
アポロンは太陽もですが、人々の心に学問芸術スポーツで光を与えるのです・
ロードス考古学博物館のヘレニズム時代の作品として、
少年の頭部がありました。

ほかには有名な作品を二つ
口を少し開き息をふっと吐いている感じで、
首をねじった(首を曲げている)感じで、
どこかを見つめている感じ、、、
この下の写真はギリシャの考古学の雑誌「アキオロギア」から切り抜きました。
もしもNGが来たら掲載を外します。

左がイスタンブル(コンスタンチノポリ)考古学博物館の
マケドニア帝国アレクサンドロス大王の頭部です。
右はお釈迦様の顔だと思います。
インドの仏教美術に影響を与えています。
どこのお寺或いは考古学博物館にあるのか、
わからないので、調査中です。
イスタンブルは古代ギリシャ語のイス・ティン・ポリが音便化されたものです。
意味は to the city という意味です。
マケドニアとはマケドノスというゼウスの息子から始まったという神話があります。
マクリス、長い、遠いからきています。ギリシャのマケドニア地方の人は背が高いです。
現在はマクリスは長い、マクロスは長さという意味で使用されます。
ちなみにマケドニア人は長身の人が多いです。
私の従妹は身長が180くらいでハイヒールなどを履いてます。
美人ですが、モデルというよりアマゾン戦士という感じです。
マケドニアのアレクサンドロス大王はヘラクレスの子孫であり、アレクソ(防ぐ、はじく)+アンドロス(人間、男)の意味です。
父フィリッポスはフィロ(愛、友人)+イポス(馬)という意味、母オリンピアスは出自はエイペロス(イピロス)王女で、アキレウスのルーツになります。
隣国に北マケドニアという国が、マケドニア人の末裔と騒ぎ、ギリシャに同名の領土を我が領土と騒いでいますが、しゃべっている言葉がブルガリア語と通じています。
しかしながらブルガリアがブルガリアの地に住み始めたのは西暦(中世)ですから、何を言う!です。北マケドニアのプロパガンダが凄いです。ギリシャは我らのものと言ってます。
ブルガリア政府とギリシャ政府の見解ですは次のような感じです。
中世の一時期、ブルガリア王国が現在のギリシャのマケドニア地方の一部と北マケドニアを奪って、植民したので、その残りが、ギリシャを挟んで北マケドニアにいるという状態だということです。北マケドニアの首相か大統領がブルガリア訪問した時に通訳を連れて行ったわけですが、ブルガリアの政府要人がにっこり微笑み、このように言葉が通じているのだから、通訳は必要ないだろう、と言っているのをテレビで見たことあります。
ギリシャでは北マケドニアをフィロムと呼んでいます。
Former Yugoslav Republic of Macedonia FYROM
この国の首都はスコピアで、古代ギリシャ語でスコポス番兵とか゚兵隊の意味があって、そのころには紀元前であったので、ブルガリア語というか北マケドニア語を話す人々は住んでいなかったようです。そこに古代マケドニア(ヘーレン人たち)の兵隊を置いたと古代ギリシャや古代ローマの歴史本には書かれています。ちなみ現在北マケドニアと名乗る国ではアレクサンドロスをアレグザンダーと言います。アレクサンドロスの時代はヨーロッパの主要言語はギリシャ語でした。スラブ語ではありません。そういうことをちょっと前に北マケドニア人と話したら、ものすごい勢いで、怒られました。なんかヨーロッパ史は通じないと思いました。
ちなみにギリシャとか、ギリシアというのは日本人の呼び方です。
英語にするとギリシャの国名はHellenic Republic(ヘレニック・リパブリック)で、
ギリシャ語だとエリニキ・デモクラティアですね。
意味はヘレネスの共和国、ヘーレン(現代エーレン)人の共和国という意味です。
ギリシャ人・・・現代エリナス(複エリネス) 古代へレナス(複ヘレネス)
ギリシャ・・・エラス、エラダ、ヘラス
ヘレニズム・・・・エリニスモス
ヘーレンという人物、現代ギリシャ語だとエーレンと人物について調べて見ました。
ヘーレンはどのような人物かというと
~Wikipediaヘーレンの抄から~
プロメーテウスの子デウカリオーンは、エピメーテウスとパンドーラーの娘であるピュラーを妻とし、そのあいだに最初に生まれたのがヘレーンである。しかし別の説では、ヘレーンはゼウスの息子であるともされる。また更に別の説では、彼はプロメーテウスの息子ともされ、デウカリオーンの兄弟とされる 。それは「青銅の時代」を終焉させた大洪水の後のことで、人間の種族が地上で再び栄え、「英雄時代」が始まった頃である。
このヘーレンから始まる人々がヘーレン人(ギリシャ人)である。ヘーレンの子孫にイオン(イオアニア人の始祖)やアカイオス(アカイア人の始祖)が生まれてくるのである。
ブログにお越しになった方へ
お手間をかけて申し訳ありませんが
投票よろしくお願いします。
投票いただき、まことにありがとうございました。
by lemonodasos
| 2009-04-13 08:52
| その他の考古学博物館
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Comments(6)
太陽神ヘリオス、本当に端正なお顔立ちをしてますね。
お釈迦様もギリシャで作られたものなのでしょうか。
東洋のものとはひとあじ違ってみえますね。
でも、やっぱり美しいお顔立ちです。
お釈迦様もギリシャで作られたものなのでしょうか。
東洋のものとはひとあじ違ってみえますね。
でも、やっぱり美しいお顔立ちです。
0
ピュアさん、お釈迦様は、たぶんインドです。
アレクサンドロス大王が行く前までは、
インドでは神々の彫刻を作らなかったようです。
この辺は詳しくありません。
仏教美術に多大な影響を与えたという話です。
マラ東方遠征したギリシャ人が小アジアにパクトリアという
仏教国を作った話があります。
アレクサンドロス大王が行く前までは、
インドでは神々の彫刻を作らなかったようです。
この辺は詳しくありません。
仏教美術に多大な影響を与えたという話です。
マラ東方遠征したギリシャ人が小アジアにパクトリアという
仏教国を作った話があります。
私は幼いころからアレキサンダー大王に惹かれていた節があります。
その顔を見ることは、彫像を含めてほとんどありませんでした。
上の顔はいいですねー。
後世かかれた絵はよく見ましたが
ここで見る顔が一番素晴らしかった。
ありがとう。
また大王の彫刻があったら見せてください。
今日もスマイル
その顔を見ることは、彫像を含めてほとんどありませんでした。
上の顔はいいですねー。
後世かかれた絵はよく見ましたが
ここで見る顔が一番素晴らしかった。
ありがとう。
また大王の彫刻があったら見せてください。
今日もスマイル


