2009年 04月 01日
シレーノス像 アテネのディオニュソス劇場 |
パッポシレーノス像
Ααγλμα του Παπποσειληνού
Statue of Papposilenos
アテネのディオニソス劇場
Θεάτρο του Δυονύσου στην Αθηνά
Theatre of Dionysus in Athens
パッポシレノスは良い神になるようにディオニュソスの教育した先生で、育ての親でした。
パッポシレノスは、シレノスおじいさんという意味です。

半人半獣のシレーノス場合は半分人間で半分ヤギの姿をした精霊です。
シレーンスはギリシャ語でシレノスです。ノのところを強く発音します。
文字にすると Σειληνός、複数形になると Σειληνοί、読み方はシレ二です。
現代に暮らしているので、ここからシレノスとして書いていきます。
シレノスの中で、パッポシレノスと呼ばれるシレノスがいます。
パッポシレノスとはギリシャ文字にすると Παπποσειληνός です。
ギリシャ語で、祖父を パッポス(πάππος)
あるいはパップース(παππούς)と言います。
呼ぶときはその男性の孫だけがパップー呼ぶことができます。
ちなみにいくらお爺ちゃんだからといって、
自分の祖父でもない人をパップーと呼んだりはしません。
それは礼儀です。
お年寄りの男性に呼びかけるときはキリエ(ミスター、ジェントルマン、サー)です。
アテネのディオニソス劇場のパッポシレノスの彫像がありました。
劇場入口の左上へ行くと、屋根の付いた彫像の置き場所があって、
そこに数体ありました。
その中で最も破損が少ないのが彫像を掲載します。
このパッポシレノスは1世紀から2世紀のもので、舞台のどこかに飾られていたようです。
ほかに同じような物で破損がひどいものが3体あります。
このような感じで屋根の下にありました。
中央の低円柱のレリーフがパッポシレノスになっていて、
それは祭壇ではないかと思います。

パッポシレノスは酔っ払っている状態で、ひょうきんな感じがしますが、
酔っていると、優れた知識、予知能力を発揮するといわれています。
酔いつぶれるとサテュロスがロバで運びました。
フリギアのミダス王は酔いつぶれたパッポシレノスを丁重にもてなしたので、
ディオニソス酒神は大変に感謝しました。
舞台の後ろの飾られているあったパッポシレノスです。
パッポシレノスはこのようにいつもしゃがみこんでいましたが、
走ると人間よりも速いのでした。

このパッポシレノスもなかなかユーモラスですね。

舞台全体を撮影すると、
このような感じです。
古代は、
ソポクレスのオイデプス王、
エウリピデスのメディア、
アリストファネスの蜂などが上演されました。

ディオニソス劇場は紀元前6世紀できましたが、
紀元前5世紀には木造の客席が設けられ、
紀元前4世紀にはリュクルゴスの時代にさらに立派な劇場(収容1万7千人)となり、
今日その面影を残しています。
初期のアテネ市民会議はここで行われ、
後にプニクスの丘へその会議場は移りました。

この劇場の前の樹木の中に、ディオニソス神殿があります。
ブログにお越しになった方へ
お手間をかけて申し訳ありませんが
投票よろしくお願いします。
☆☆☆
投票いただき、まことにありがとうございました。
Ααγλμα του Παπποσειληνού
Statue of Papposilenos
アテネのディオニソス劇場
Θεάτρο του Δυονύσου στην Αθηνά
Theatre of Dionysus in Athens
パッポシレノスは良い神になるようにディオニュソスの教育した先生で、育ての親でした。
パッポシレノスは、シレノスおじいさんという意味です。

半人半獣のシレーノス場合は半分人間で半分ヤギの姿をした精霊です。
シレーンスはギリシャ語でシレノスです。ノのところを強く発音します。
文字にすると Σειληνός、複数形になると Σειληνοί、読み方はシレ二です。
現代に暮らしているので、ここからシレノスとして書いていきます。
シレノスの中で、パッポシレノスと呼ばれるシレノスがいます。
パッポシレノスとはギリシャ文字にすると Παπποσειληνός です。
ギリシャ語で、祖父を パッポス(πάππος)
あるいはパップース(παππούς)と言います。
呼ぶときはその男性の孫だけがパップー呼ぶことができます。
ちなみにいくらお爺ちゃんだからといって、
自分の祖父でもない人をパップーと呼んだりはしません。
それは礼儀です。
お年寄りの男性に呼びかけるときはキリエ(ミスター、ジェントルマン、サー)です。
アテネのディオニソス劇場のパッポシレノスの彫像がありました。
劇場入口の左上へ行くと、屋根の付いた彫像の置き場所があって、
そこに数体ありました。
その中で最も破損が少ないのが彫像を掲載します。
このパッポシレノスは1世紀から2世紀のもので、舞台のどこかに飾られていたようです。
ほかに同じような物で破損がひどいものが3体あります。
このような感じで屋根の下にありました。
中央の低円柱のレリーフがパッポシレノスになっていて、
それは祭壇ではないかと思います。

パッポシレノスは酔っ払っている状態で、ひょうきんな感じがしますが、
酔っていると、優れた知識、予知能力を発揮するといわれています。
酔いつぶれるとサテュロスがロバで運びました。
フリギアのミダス王は酔いつぶれたパッポシレノスを丁重にもてなしたので、
ディオニソス酒神は大変に感謝しました。
舞台の後ろの飾られているあったパッポシレノスです。
パッポシレノスはこのようにいつもしゃがみこんでいましたが、
走ると人間よりも速いのでした。

このパッポシレノスもなかなかユーモラスですね。

舞台全体を撮影すると、
このような感じです。
古代は、
ソポクレスのオイデプス王、
エウリピデスのメディア、
アリストファネスの蜂などが上演されました。

ディオニソス劇場は紀元前6世紀できましたが、
紀元前5世紀には木造の客席が設けられ、
紀元前4世紀にはリュクルゴスの時代にさらに立派な劇場(収容1万7千人)となり、
今日その面影を残しています。
初期のアテネ市民会議はここで行われ、
後にプニクスの丘へその会議場は移りました。

この劇場の前の樹木の中に、ディオニソス神殿があります。
ブログにお越しになった方へ
お手間をかけて申し訳ありませんが
投票よろしくお願いします。
投票いただき、まことにありがとうございました。
by lemonodasos
| 2009-04-01 06:49
| 遺跡の中の彫像
|
Comments(6)
酔っていると、優れた知識、予備知識を発揮する、なんて、ボクの祖父さんみたいです。そして、ロバはありませんが、ボクはサテュロス。
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