ラムヌース古代遺跡の写真をYouTubeにまとめた。 |
ラムヌースに残る遺跡はネメシスの聖域とそこから離れて古代都市であります。
古代都市内に都市の門、劇場、体育館などが残っています。
ネメシス神殿(大小の二つ神殿)左が小神殿 右が大神殿

小神殿は紀元前6世紀初頭に建てられました。ラコニア様式の屋根瓦が現存していることから、その存在が立証されています。この小さな神殿は紀元前5世紀初頭に多角形の石積みで再建されました。紀元前480年にペルシャ人によって破壊されました。
大神殿は紀元前5世紀半ば以降、以前の神殿の北、すぐ近くに、新しい、より大きなドーリス式神殿が建てられました。
古代都市の遺跡 ネメシス神殿から歩いていきます。

ラムヌース遺跡は週に一度見学ができるようです。普段は解放されていません。
城塞、都市の門、劇場、アクロポリスの遺跡が残っています。

余談
この古代都市はアイアンティス族の支配していました。この部族あるいは氏族は日本語にするとアイアス人なので、神話の英雄アイアス(サラミスの王子)のゆかりのある人々だったのかもしれません。ちなみに神話上のアイアスはトロイ戦争に行ったことになっていますが、実在した人物で、本当はトロイには行っていないのかもしれません、彼は子供の数人を残して、早々にサラミスを出て、新しい土地を求めたのかもしれません。コルシカ島に古代都市を作ったという話があります。コルシカ島のアジャクシオというところです。アイアスは英語やフランス語だとアジャックスです。なので、コルシカ島のアジャクシオ出身のナポレオンはギリシャ人かも!という人もいるようです。アイアスの何世代か下って、その子孫たちはコリントスとアテナイの脅威の中で、古代アテナイにサラミスを帰属することを決意したのだろうか、、。
古代アテナが’拡大し、あっちもアテナ、こっちもアテナと領土拡大していきました。アテナの複数形はアテナイなので、古代アテナイと呼ばれました。古代は地名は複数形だったようで、徐々に単数形になっていったようです。アイアンティスの支配した都市というか自治体はマラトン、ファリロ、、、これから調べてみます。
この部族の子孫はマラトンの戦いでペルシャを破ったミルティアディス将軍、その息子のアテナイの政治家キモン、ローマ時代のアテナの知事にして元老院のヘローディオス・アティコスなどがいます。













