ムーサイの谷 Κοιλάδα των Μουσών στην Άσκρα (Άσκρη) Valley of the Muses Askra ムーサイとは文化芸術の女神たちのことを言います。
古代ギリシャ語 単数形はムーサ(μούσα)、複数形はムーサイ(μοῦσαι)です。
現代ギリシャ語 単数形はムーサ(μούσα)、複数形はムーセス(μούσες)です。
ヘシオドスは紀元前8世紀ころにアスクラで生まれました。吟遊詩人、ある意味神話作者でした。 彼は父親が小アジアのキメで生まれました。そこはレスボス島の対岸にある都市でした。父は商売に失敗して、ボイオティア(ヴィオティア)のアスクラにやってきました。
ムーサイの谷のあるアスクラで生まれたヘシオドスは神統記と仕事と日々という作品を残します。彼は父親の死後、弟のペルセスと遺産相続を争い、領主に賄賂を贈った弟にすべての財産を奪われたのでした。
彼は吟遊詩人として有名になりました。そして最後的にはオルコメノス、或いはロクリスで没したと言われています。
ギリシャ語でヘシオドスはΗσίοδοςと記述し、イシオドスと読みます。
現在のギリシアでは綴りは同じだが彼の名前はイシオドスのように発音されます。
ムーサイの神殿 Ο ναός των Μουσών The temple of the Muses ムーサイと呼ばれる文化芸術の女神たちは九柱で、父はゼウス大神、母は記憶を司るムネモシュネ―女神です。
ゼウスは現代ギリシャでは、ゼフス(Ζεύς 大文字ΖΕΥΣ)或いは ディアス(Δίας ΔΙΑΣ)と言いますが、ディアスという呼び方が一般的です。
ムネモシュネ―は(Μνημοσύνη 大文字ΜΝΗΜΟΥΝΗ)ちょっとカタカナで発音表記するのは難しいですが、ムニモシニと聞こえます。
九柱の女神たちの名前 現代読み
カリオピ Καλλιόπη Calliope 叙事詩
クリオ Κλειώ Clio 歴史
エフテルピ Ευτέρπη Euterpe 抒情詩
テレプシホラ Τερψιχόρη Terpsichora 合唱と舞踏
エラトー Ερατώ Erato 独唱歌
メルポメニ Μελπομένη Melpomene 悲劇と挽歌
タリア Θάλεια Thaleia 喜劇と牧歌
ポリムニア Πολύμνια Polymnia 讃歌と物語
ウラニア Ουρανία Urania 天文
ムーサ(μούσα)から、博物館や美術館をムシオ(μουσείο )、音楽はムシキ(μουσική)ムシオ(博物館)ムシキ(音楽)という言葉ができました。
また現代ギリシャにおいて、この女神たちと同じ名前を持つ女性たちが結構ます。
ちなみにメルポメニの愛称はメリナです。悲劇をつかさどる女神ですが、人々に美しい話を作り楽しみを与えますので、けっこうこの名前のギリシャ人女性はいます。
ムーサイ(文化芸術の女神たち)の神殿は紀元前3世紀に建設されました。
1882年、ギリシャ人のP. スタマタキス氏は小さなアギア・トリアダ教会の廃墟を掘り起こしたところ、古代神殿或いは祭壇と思われる長方形の基礎部分を発見したのだった。この時はまだヘリコン山のふもとの東側の劇場跡も指摘したが、発掘はできませんでした。 この遺跡の体系的な発掘したのは、フランスの考古学学校で、1888 年、1889 年、1890 年に P. ジャモ教授の指揮下の行われ、現存するすべての遺物が明らかになりました。
古代劇場 Το αρχαίο θέατρο The ancient theater 紀元前3世紀、或いは紀元前2世紀初めに建設された劇場がここにありました。
ヘリコン山の東側、神聖なるムーサイの谷で、この劇場を見つけるのは難しいかもしれません。私はこの土地に住む紳士にここを教えていただきました。そのお顔がヘシオドスのような雰囲気があって、何か、女神のお導きか?と思いました。
この劇場は紀元前3世紀のものですが、神聖なムーサイの谷で行われていた音楽祭の歴史は紀元前6世紀ころからありました。この劇場ができた紀元前3世紀から演劇人によって行われた5年ごとに組織的な祝祭が行われました。ギリシャ全土から詩人や音楽家が祝祭に参加しました。
紀元前2世紀と1世紀 ローマ皇帝への追悼コンクールもリストに追加され、以後ローマ皇帝が祭りの開催に資金を提供を受けることができました。 なので、ローマ時代は、最初に皇帝が讃えられ、次にムーサイ(文化芸術の女神たち)が讃えられたため、祝祭ではなく、「大カイサリア」と呼ばれる大会となりました。ムーサイを祝して行われていたコンクールの賞品は三脚で、勝者はそれをムーサイ神殿に奉納しました。
現在ヘリコン山の東のふもとに広がるムーサイの谷に見つけることができる遺跡は劇場と古代神殿です。しかし柱廊や泉があった場所を見つけることができませんでした。古代建築物の上物はどこかの建物に再利用されて、すっかりなくなっています。
発見されたものは女神たちの彫像の台座でありました。そこには女神の彫像類を制作した彫刻家オネストス(Ονέστος)という名前がありました。残念ながら女神たちの彫像は残っていません。
現代ギリシャ語のムーサの語形変化 神なので、単語の最初は大文字
単数形
・H Mούσα
イ・ムーサ ムーサは
・τη(την) Μούσα
ティ(ティン)・ムーサ ムーサに
την Μούσα(ティン・ムーサ)と使用する人がいるが、
文法の教科書ではτη Μούσα(ティ・ムーサ)とある。
・της Μούσας
ティス・ムーサス ムーサの
複数形
・Οι Μούσες
イ・ムーセス ムーサたちは
・των Μουσών
トン・ムーソン ムーサたちの
・τις Μούσες
ティス・ムーセスムーサたちに
H κοιλάδα των Μουσών イ キラーダ トン ムソン 意味は ムーサたち(あるいはムーサイ)の谷
Mοῦσαι ムーサイは古代ギリシャ語でムーサの複数形です。
ヘリコン山 古ギ Ἑλικών 現ギ Ελικώνας(エリコナス)Mount Helicon ヘリコン山は標高1,749 メートル。ヘリコン山のすそ野にあるアスクラ村はヴィオティア県テスピエス共同自治体の管轄下です。日本語のギリシャ文献にはボイオティアテスピアイ、アスクレーと記述されていることが多いです。
このムーサイの谷へ行く途中のどこかの山の上に塔があったのですが、なんとなく見て、中世のものかな?と思ったら紀元前4世紀のものだったようです。テスピアイ人が建設したものだそうですが、、写真を撮影するの、、忘れました。
ところでムーサイの湖というのができたんですよ。なんか人工的なものなのかな? 数年前に行ったときにはなかったような、、はて? しかし水源があちこちにあったので、湖を作ったのかな?と思ったっりしました。
そうするとギリシャ神話のあの湖が再び出来上がったわけです。ムーサイの泉で、ナルキッソスが顔を洗い、その水の中に美しい少年がいて、それに恋をして水死したという話です。自分を愛してしまったわけです。この名前からナルシストという言葉が生まれ、意味は自己愛者です。そのうち機会があればまた行ってみたいです。
ヨロシク