カテゴリ:テゲア |
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2009年 08月 24日
テゲアの農道を車で歩いていたら偶然にこのような地図に出会いました。
古代遺跡の場所も記入されていました。 ![]() 地図を拡大します。 ![]() アレア村 ⑤テゲア考古学博物館 ⑥テゲアのアテナ・アレア神殿 エキスコピ村のパレア・エキスコピ地区 ⑦民族博物館(興味のある人!わたしはなかったので、、、。) ⑧古代遺跡公園(いろいろりますが、パレア・エキスコピ教周辺の劇場跡があります。) ⑪スタジオとありますが、まだ行っていません。ひょっとしたら、現代のものかもしれません。 アイオス・ソティリス村 ⑭クラリオス・ゼウスの丘・・・まだ行っていません。遺跡がどのくらいあるのか見当がつきません。 このテゲアの地図によると遺跡は3つですね。 しかし地図では近いですが、村をつなぐバスなど無いかもしれません。 一応アルカディアは安全なところですが、誰も歩いていないところ、なぞの東洋人が歩いているのも、 なんとなく不審に思われるかもしれないし、またほかに謎の農業手伝いの外国人が歩いていたりします。 CNNのニュースではギリシャに溜まっている密入国者問題というか不法移民について 最近、取り上げられることがしばしばあります。 ブログにお越しになった方へ お手間をかけて申し訳ありませんが 投票よろしくお願いします。 にほんブログ村 投票いただき、まことにありがとうございました。
2009年 08月 23日
Αρχαίο Θέατρο στην Τεγέα Αncient Theater at Tegea アルカディア県テゲア自治体パレア・エピスコピ Νομός Αρκαδίας,Δήμος Τεγέας, Παλαιά Επισκοπή Prefecture of Arcadia,Municipality of Tegea,Palea Episkopi パレア・エピスコピには古代遺跡公園があって、その中に劇場があります。 しかし劇場遺跡と書かれた看板の後ろには、ギリシャ正教会あります。 これは西暦5世紀の初期キリスト教のバシリカ教会の廃材から再建されました。 ![]() 古代劇場の面影も無く、遺跡の断片しかありません。 たぶん劇場のはいざいもきっと教会の一部に使用されているのでしょう。 ![]() ここに看板があったので劇場と分かりましたが、看板が無かったら、 通り過ぎてしまうような遺跡でした。 ![]() 教会の脇の大きな屋外喫茶店があって、木陰でコーヒーを飲む村人が多かったです。 わたしも何か注文をしてみようと思いましたが、これから先の遺跡見学が続くので、 この次にしようと思い、ここを立ち去りました。 ![]() アルカディアには古代遺跡がたくさんあって、見学に数日かかります。 気長にまわりたいと思っています。 ブログにお越しになった方へ お手間をかけて申し訳ありませんが 投票よろしくお願いします。 にほんブログ村 投票いただき、まことにありがとうございました。
2009年 08月 23日
Ναός της Αλέας Αθηνάς στην Τεγέα Temple of Alea Athena at Tegea アルカディア県テゲア自治体アレア Νομός Αρκαδίας,Δήμος Τεγέας,Αλέα Prefecture of Arcadia,Municipality of Tegea,Alea アルカディアのテゲアはトリポリのから南東10キロメートルのところにあります。 テゲア(Τεγέα)とは古代ギリシャ語の テゴス(τέγος =避難所)から来ています。 ちなみに現代ギリシャ語で避難所はステギ(στέγη )です。 肥沃な平野に位置するテゲアは古代アルカディアの重要な都市でした。 紀元前6世紀にはこの地はスパルタの支配下になります。 西暦5世紀にバルバロイに侵略されたことがありますが、 引き続きビザンチン時代まで繁栄します。 その後13世紀にフランク族の二クレ男爵の所領となりますが、 ペロポネソス半島はトルコ支配になります。 異民族の侵入に対して、常に、抵抗勢力の武力行動が多く、 政治的には不安定でしたが、経済的には常に安定していたようです。 テゲアといえば、紀元前4世紀のアテナ・アレア神殿遺跡が、残っています。 とても大きな神殿だったようで、崩壊した柱の断片がごろごろと転がっているのが印象的でした。 遺跡の入口 見学終了が午後3時です。中を歩かなくても、外から写真撮影ができます。 ![]() 神殿の正面 長方形の神殿で、正面のところに祭壇の様なところも残っています。 ![]() この神殿の建築及び彫刻を担ったのはパロス島出身のスコパスです。 スコパス製作の健康の女神ヒュギエイア像は頭部が残っていて、 アテネ国立考古学博物館に展示されています。 この地にもテゲア考古学博物館というのがあって、 興味深い発掘品が展示されているそうが、 3時くらいに閉館してしまうので、見学することができませんでした。 ![]() 神殿の後側 このように神殿の後ろ側にも、柱の断片がごろごろしいているので、 ギリシャ神話のように、わたしが笛の名手で、この大石に音楽を聴かせると、 あ~ら、不思議、大石が浮いて、元のところに戻っていく、、 そんなことができたらなぁと思いました。 ![]() このテゲアという古代都市は古代スパルタから何度も攻められたことがあり、 最後にスパルタの支配下になるのです。 その経緯はヘロドトスの歴史(上・岩波文庫)にあります。 このテゲア攻めに際し、スパルタはデルポイ(デルフィー)に神託を 伺いに何度か出かけています。 デルポイのピューティア(デルポイの巫女に限りピューティアという)は神託は、 「要約・・・アルカディア全土はくれてやれないが、テゲアならやろう」 ということでした。 このいかがわしい神託を信じて、そこでスパルタ軍はテゲア攻めを決行します。 テゲア人を捕虜にしようと足かせを持っていきました。 ところがテゲア軍に逆に足かせをされて捕虜にとられてしまいます。 そしてその足かせは、このアテナ・アレア神殿の周りにつるされていたということです。 ヘロドトスは彼の生きていた時代になっても、足かせがつる下がっているたと言っています。 ![]() その後もスパルタ人はテゲア攻めをあきらめず、 デルポイの神託をお伺いに行くと 「要約・・・テゲアのどこかにアガメムノンの子が埋葬されている。 その骨を持ち帰ればテゲアの主になれる。」 しばらくは戦争を止めて、スパルタとアルカディアは友愛外交を行っていました。 ある日スパルタ人リカスが、テゲアの鍛冶屋の仕事ぶりに感嘆すると、 鍛冶屋はもっと感嘆することがあるといいました。 「わたしは自分の庭で井戸を掘ろうとしたら、とてつもなく大きな人間の骨を発見したよ」 この話を聞いたスパルタ人のリカスは、その後、 鍛冶屋を言いくるめて骨を集めて持っていってしまいました。 こうしてペロポネソス半島はスパルタによって支配されることになったのでした。 ほかにもホメロスやアポロドロスやパウサニアスの作品の中に アルカディアの話が出てきます。 ブログにお越しになった方へ お手間をかけて申し訳ありませんが 投票よろしくお願いします。 にほんブログ村 投票いただき、まことにありがとうございました。 < 前のページ次のページ >
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