日刊ギリシャ檸檬の森 古代都市を行くタイムトラベラー 

古代トリッカのアスクレピオン トリカラ

テッサリア地方
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古代トリッカ(トリッケ)遺跡-アスクレピオン Αρχαιολογικός χώρος Αρχαίας Τρίκκας(Τρίκκης) - Ασκληπιείο Archaeological Site of Ancient Trikka(Trikke) - Asklepieion

トリカラには先史時代から人が住んでいて、テオぺトラ洞窟には紀元前49000年の痕跡があり、メガロ・ケファロヴリソ及びその周辺に紀元前6000年の新石器時代の集落跡が発見されれた。紀元前3000年頃に古代トリッカまたはトリッケと呼ばれる都市が建設され、古代テッサリアン首都となった。このトリッカ(Τρίκκα)或いはトリッケ(Τρίκκη)という古代都市名はアソポス河神の娘トリッケ―というニンフの名前から取ったものである。

この地は医神アスクレピオスの生誕地で、父はアポロン神で、母はテッサリア王女コロニスであった。アスクレピオスはテッサリアの王子であった。ケンタウロスのケイロンに養育され、ケイロンから医術を教えられた。ホメロスのイリアスではアスクレピオスには医師の息子が二人いて、マカオン(外科)とポダレイリオス(内科)という。このふたりは30隻の船でトロイ戦争に参加した。 マカオンは戦死、ポダレイリオスは生き延びて小アジア、カーリア地方の、周囲を山に囲まれたケルソネーソスに移り住んだ。ポダレイリオスの子孫がコス島に移り住み、その地のアスクレピオン(アスクレピオス聖域)の代々の神官となった。医学の父ヒポクラテスは子孫であるという。 

紀元前480年にアケメネス朝ペルシア人に落ちた。紀元前352年にはフィリップ2世のマケドニアと統一されました。この都市は、マケドニアとローマの間の激しい戦いの場所になった。紀元前168年頃にマケドニアのフィリップ5世と彼の息子ペルセウスがローマに敗れた。
 


古代トリッカ(トリッケ)の遺跡はトリカラの町中にある。中に入ることはできないので外から見学するしかない。ここにはアスクレピオンがあった場所である。
ヘレニズム時代、ローマ時代、ビザンティン時代の遺跡が残っている。遺跡のどこからどこが何の遺跡かよくわからない。ローマ時代の公衆浴場は見分けることができる。保護屋根のついているところが公衆浴場の遺跡である。
 
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古代トレッキ(アスクレピオン)出土品 トリカラ考古学展示場
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