2012年 02月 01日
Παλαιοχριστιανική Βασιλική στην Βραυρώνα
Early Christian Basilica at Vravrona(Brauron)
アッティカ県マルコプロ・メソギアス共同自治体
Νομός Αττικής,Δήμος Μαρκοπούλου Μεσογαίας,
Attica Prefecture,Μunicipally of Markopoulo Mesogaias
西暦4世紀頃に建設されら8世紀頃まで、このバシリカ大聖堂は使用されていました。
このバシリカ大聖堂が完全に放棄されたのは10世紀のことでした。
このバシリカ大聖堂についてのソースはマルコプロ・メソギアス共同自治体のHPを参考にしています。ほかのサイトに6世紀頃の建設とありました。

この場所はヴラヴロナ(ヴラウロン/ブラウロン)のアルテミス神殿へ行く途中にあります。そうですねぇ、500メートルも離れていないかもしれません。ちなみにアルテミス神殿は修復工事のため今年いっぱい見学できないかもしれません。
冬は天気の良くないギリシャで曇りの日が多いです。
西日が重たい雲の隙間から、この初期キリスト教バシリカ大聖堂だけを照らしてくれました。まるでスポットライトが当たっているようにそこだけ明るく、神さまのお導きのような美しい風景になっていました。
肥沃なアッティカの農業地帯体で、美しい野鳥がたくさん生息する場所でもあります。

大聖堂の中を見学しました。ここは鍵がかかってフェンスでぐるっと囲まれていましたが、
上のほうにいくとそこに大きな入口がありました。このバシリカ大聖堂はこの近くのアルテミス神殿の廃材で作ったのでしょうか?結構立派なイオニア式円柱が2本ありました。

このバシリカ大聖堂は結構よく残っています。初期キリスト教時代とビザンティン時代の様式が残っています。中世にはここに海賊とがきて略奪していったことが何度かあったようです。
皆さん、海賊といいますが、大きな船でやって来るので、商船かな?と思っていたらたいへんなことになります。あるときは商船で商人、あるときは海賊、そういう集団が地中海を大手を振って航海していたことがあります。古代中世現代と国防は大切なことなのであります。
後陣に入る半円形の部屋の白い大理石の仕切りの部分と下の基礎部分は美しい赤味のある石が使用されています。

横から見ると後陣の半円形の部屋の仕切りの下の基礎部分の赤味を帯びた石はこのような感じで残っていて、イオニア式に円柱が2本見えます。

半円形の部屋は南側にあり、壁に何か飾りのあったあとが残っています。
昔の建物は壁の厚さが30センチくらいあるのでしょうかね、細かい石で作られた壁の断片を見てそのように思いました。

後陣には半円形の部屋が三つあって中央が一番大きかったです。
大聖堂の南側に半円形の部屋に井戸のようなものがあり、その中に溜まり水がありました。
冬は雨がよく降るので、そのような溜まり水ができるのだろうと思いました。
これは井戸かもしれないし、或い洗礼用の水入れだったかもしれません。
今となっては誰かが井戸と言えば井戸に、洗礼用の貯水槽と言えば、そのようになって伝わってしまうのかもしれません。

このバシリカ聖堂は斜面にあるので高台から内部がよく見えます。
よくこの近くは車で通過したものですが、ヴラヴロナのアルテミス神殿がオープンしていなかったので、身だな日は過ごしたくなかったので、畑の中にあったこの大聖堂を見学したのでした。

道路沿いから見るとこのような感じで看板が出ています。残念ながらバスはありません。このあたりにバス停もありません。誰かに乗せていってもらって、ふたり行動で見学するといいでしょう。

フェンスで囲まれた遺跡脇の畑を歩いていって右に曲がると開いている場所があります。

この道路をまっすぐ東へ行き、分かれ道の右へ行くとヴラヴロナのアルテミス神殿へ行くことができます。500メートルくらいかなぁ、、測っていませんが、そのくらいであろうと思います。

どんよりとした曇りでしたが、このバシリカ大聖堂だけには雲の隙間から西日のスポットライトが当たっていて感動しました。わたくしだけのために本当にありがとうございますとお礼を述べて、ここを立ち去りました。
一富士二鷹三茄子
にほんブログ村















































