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日刊ギリシャ檸檬の森 古代都市を行くタイムトラベラー 

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遺跡満載…古典も神話も考古も徹底現場主義!

白地のキュリクス或いはアポロンのキュリクス
Λευκή Αττική Κύλικα με ή Κύλιξ του Απόλλωνα
Attic white-ground kylix or Κylix of Apollo


デルフィ考古学博物館
Αρχαιολογικό Μουσείο Δελφών στην Φωκίδος
Delphi Archaeological Museum at Fokida(Phokida)



紀元前480年にアポロンのキュリクスはアッティカの工房で粘土で制作されたものである。
発見場所は現在デルフィ考古学博物館付近で、古代にはそこに墓地や神官の家があったという。 
直径が17.8センチメートル、高さが7.9センチメートルである。
キュリクスはワインを飲む杯のようなものである。
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キュリクスにはアポロンが着座し、カラスと向かい合っている絵が描かれている。
アポロンは頭上に月経の冠をし、ぺプロスとヒマトンを羽織り、サンダルを履いている。
左手に竪琴を抱え、右手の皿を傾けて持ち、そこから黒いインクが流れ出ている。
アポロンの椅子の脚はライオンの足が彫刻されている。

このアポロンのキュリクスの絵面はギリシャ神話からワンシーンである。
アポロンはラピテス(ラピタイ)族の王プレギュアスの娘コロニスを愛していた。
美しいコロニスとの連絡係としてアポロンは白い鳥を使っていた。
その白い鳥はカラスで、人の言葉を話したが、いい加減で怠けで嘘つきだった。
ある日アポロンがコロニスはどうしているのかをカラスに聞くと、
カラスは浮気をしていると答えた。
アポロンは怒り、コロニスに部屋で言い寄っている男を弓で射ることにした。
弓は誤ってコロニスを射てしまう。部屋の中にはコロニスのほかには誰もいなかった。
死の枕もとでコロニスは子を宿していることアポロンに告げ、子を助けてほしいと願う。
アポロンはコロニスの腹から子を取り上げた。この子は後の医神アスクレピオスである・
嘘つきの白い鳥は真っ黒にされて、言葉を取られて、カラス座となった。
  
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# by lemonodasos | 2016-08-21 19:46 | 考古学博物館 | Comments(0)
デルフィのアテネ人の宝庫
O Θησαυρός των Αθηναίων στους Δελφούς
The Treasury of the Athenians at Delphi
 

フォキダ県デルフィ自治体デルフィ古代遺跡
Νομός Φωκίδος, Δελφοί, Αρχαιολογικός Χώρος των Δελφών
Fokida Prefecture,Delphi,Archaeological Site of Delphi


アテネ人の宝庫は紀元前507年頃に建設が開始された。この建築物の中には紀元前470年の頃の部分もある。それで大雑把に紀元前510年から紀元前480年と書かれたものもあるが、まぁ、さらに大雑把に紀元前6世紀末というのもある。

宝庫というの奉納品を納めるところで、デルフィにはギリシャ世界の各古代都市の人々によって宝庫が建設され、アポロン神殿への参道に並んでいた。

現在きれいな形で修復され残っているのはアテネ人の宝庫だけである。
ドリス式円柱で神殿形式の建築物である。高さは9.75メートルで、直径6.68メートルある。
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円柱の上のところのレリーフはレプリカでオリジナルはデルフィ考古学博物館に展示されている。

天気の良いとき撮影したもう一枚のアテネ人の宝庫
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デルフィ考古学博物館にあったアテネ人の宝庫の復元図
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アテネ人の宝庫の右隣りにぴったりとくっつくようにブレウテリオンがあって、そこには石積みや廃材残るだけとなっている。
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アテネ人の宝庫、ブレウテリオンmそしてシビュラの岩に続く。
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何回かデルフィに行っているが、いつも見忘れてしまう。
どなたか、デルフィに行くことがある方は、アテネ人の宝庫からの出土品をデルフィ考古学博物館でご確認くださって、ネットにアップしてくださると嬉しい。よろしくお願いします。

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# by lemonodasos | 2016-08-20 20:19 | デルフィ(デルポイ)フォキダ | Comments(0)
オンファロス 地球のへそ
Ο ομφαλός της Γης στους Δελφούς
The navel of the earth at Delphi
 

フォキダ県デルフィ自治体デルフィ古代遺跡
Νομός Φωκίδος, Δελφοί, Αρχαιολογικός Χώρος των Δελφών
Fokida Prefecture,Delphi,Archaeological Site of Delphi


オンファロスというのはへそのみが或る。
デルフィの古代遺跡内には地球のへそが置かれている場所がある。

神話によるとゼウス大神がオリンポス山から、反対方向に二羽の鷲を放ち、オンファロス(地球のへそ)を探させた。そして二羽の鷲が舞い降りたところがデルフィであった。そこは世界の中心となるところであり、強力な宗教的象徴として、オンファロスと呼ばれる石が置かれたのであった。ほかにも古代の地中海の地域にはオンファロスと呼ばれる石が置かれて古代宗教の聖地となったのだが、デルフィのオンファロスは最も有名で現在に名を残している。

もう一つの神話によると、母のレアが赤子のゼウスを隠し、父のクロノスにゼウスを飲み込まれないように、大きな石におくるみでくるんで渡したという。その大きな石がデルフィのオンファロスともいう。

デルフィは古代宗教のパワースポットであった。

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アテネ人の宝庫の下のところにオンファロスが置かれている。
ここにあった大理石のオンファロスはデルフィ考古学博物館に展示されている。
西暦2世紀に地理学者で旅行家のパウサニアスはここを訪れ、
この場所に立ち、博物館に展示されているオンファロスを見たのである。
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下の写真は初夏に撮影したものである。
ギリシャは夏は草花が枯れているが、冬は雨が降るので草木が青々とする。
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デルフィ考古学博物館に展示さているオンファロス

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オンファロスはヘレニズム時代の大理石で制作されたものである。大きさは、高さ:1.23メートル、直径:0.92メートルである。この上に金色に二羽のの鷲があった。パウサニアスが見たのはこのオンファロスである。このオンファロスはヘレニズム時代のものだが、それ以前にはアルカイック時代のオンファロスがあったという。


 
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# by lemonodasos | 2016-08-19 18:50 | デルフィ(デルポイ)フォキダ | Comments(2)

デルフィのシビュラの岩

シビュラの岩
Η Πέτρα της Σίβυλλας στους Δελφούς
The Sibyl rock at Delphi
 

フォキダ県デルフィ自治体デルフィ古代遺跡
Νομός Φωκίδος, Δελφοί, Αρχαιολογικός Χώρος των Δελφών
Fokida Prefecture,Delphi,Archaeological Site of Delphi


デルフィというのはアポロンの聖地で、文字は Δελφοίと綴る。文字は同じだが古代はデルポイ、現代はデルフィと読む。おそらくホメロスが語るイリアスの中ではデルポイと読んでいたのかもしれない。時代、地域によって、文字を同じくしても異なるようだ。日本の古代ギリシャ関連の書籍にはデルポイあるいはデルフォイと書かれている。 

さてデルフィの古代遺跡に「シビュラの岩」と呼ばれる遺跡がある。
巫女であり預言者であるシビュラがその岩の上で預言を行ったとされる。
写真 シビュラの岩 2013年冬
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古代ギリシャおそらくトロイ戦争のあった紀元前11世紀あたりにシビュラという優れた女預言者がいたという。彼女は神がかりなトランス状態でさまざまな預言を行っていた。この預言が有名になり、このデルポイのアポロンの聖地は有名になり、アポロンの信仰者が増えていった。

紀元前5世紀にシビュラについて哲学者ヘラクレイトスやプラトンが記しているというが、わたくしはその箇所がどこにあるのかは知らない。しかしながら西暦2世紀の旅行家パウサニアスの『ギリシア案内記』(Ελλάδος περιήγησις=エラドス・ぺリイギシス)の女預言者シビュラの章を読むことができた。岩波文庫のギリシア案内記の上下巻の下にあった。

シビュラの預言とアポロンの神託とは性質が異なるものである。
シビュラの預言は彼女の神がかりによるもので、
アポロンの神託はアポロン神の言葉を巫女が詩の形式で詠む

写真 シビュラの岩 2011年5月
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パウサニアスによると、デルポイ(岩波文庫ではデルフォイ)を訪問したときに、現地の人にインタヴューをして、シビュラについての調査を行い、次のことを書き残した。まぁ、全文を書くと長いので、少しだけ、。シビュラという女預言者数人いたようである。最古のシビュラはゼウスを父とし、ポセイドンの娘ラミアを母としていた。名前はヘロフィレ、渾名をシビュラという。彼女はトロイ戦争の前に生まれた。

そしてシュビラはトロイ戦争について
「スパルタにて養育されし娘ヘレネ、ヨーロッパとアジアの禍にならん」
と預言したのだった。続きは岩波文庫のギリシア案内記を読んでほしい。

写真 シビュラの岩 2013年5月
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シビュラのある場所は参道をずうと上がって、写真の左の建築物「アテネ(アテナイ)人の宝庫」を通過してすぐのところにある。写真の中央にシビュラの岩がある。 
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さらに遠くからもう一枚写真。デルフィに行ったら、必ず写真撮影しなければならないのがシュビラの岩なのである。
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アポロン神殿
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アポロン神殿をもう一枚。
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古代劇場の上からアポロン神殿を撮影。
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シビュラはギリシャ文字でΣίβυλλαと書き、現代では文字は同じでシヴィラと発音する。英語ではSibyl はシビル。

まったく関係ない話だが(ギリシャは調べてはいないが)世界にはシビラとか、シビルとかで、占い業をやってる人がいる。
もちろんよその国ではシビルという名前のふつうの人もたくさんいる。

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# by lemonodasos | 2016-08-18 23:19 | デルフィ(デルポイ)フォキダ | Comments(2)
アテネの古代アゴラのヘカテー聖域
Το Ιερό της Εκάτης στην Αρχαία Αγορά της Αθήνας
The Sunctuary of Hekate at Ancient Agora of Athens
 

アッティカ県アテネ市古代アゴラ
Νομός Αττικής, Δήμος Αθήνας, Αρχαία Αγορά
Attica Prefecture,Athens City,Ancient Agora


ヘカテー聖域がアテネの古代アゴラにある。
わたくしは、へぇ~と驚いたのだが、大理石プレートには疑問符付きだった。
だいたいこのような遺跡が古代アゴラにあると誰が思うだろう?
わたくしだって偶然に出くわして感慨深い気持ちでいる。
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この聖域はオドス・パナテティネオン( Oδός Παναθηναίων )という古代の道脇にあって、古代アゴラの有料見学地の南通用口のを出て数メートルのところだなのだが、別に普通の人は無視して通過する場所である。
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その遺跡の残りは僅かな積み石だけとなっている。上の写真が聖域のすべてである。
まぁ、三叉路に立つヘカテー女神なので、道端に聖域や、三面三体三方向の彫像で、人々の旅の行来やあの世とこの世の道を守護していたのであろう。それはヘルマと呼ばれるヘルメス能頭部彫刻のある柱像も同じで、古代ギリシャの街道筋にはたくさん道祖神のようにあった。
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ヘカテー聖域と書かれ大理石プレートの積み石脇に入り口が残っていた。
積み石と入り口が同じ建物だったかどうなのかは分からない。 
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ヘカテー女神にはウィキペディアの日本語版をどうぞ→ウィキペディア「ヘカテー」
ちなみにヘカテー女神の彫像について西暦2世紀の旅行家パウサニアスは次のように書いているのだが、三面三体三方向の女神像として最初に作ったのは紀元前5世紀の彫刻家アルカメネスによって始まったという。ほかに誰も言ってない場合はこの方の意見が尊重されるのかな?
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上の写真は古代アゴラの南で、オドス・パナティネオンは中央の道、そして赤い服を着た人がいるあたりにヘカテー聖域がある。

月夜に犬が遠吠えしていたら、ヘカテー女神の登場なのかなぁ?と想像してみる。

ロードスのヘカテー女神の彫像ヘカタイオン 
 アテネのオリンピア・ゼウス神殿出土のヘカテー女神小像
ヘカテー女神の頭部彫刻 テゲア出土 トリポリ考古学博物館
 
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# by lemonodasos | 2016-08-09 19:22 | アテネ アティカ | Comments(2)
モナステラキのフリーマーケットがすっかり終了した午後に行ってみた。
フリーマーケットをやっている広場はしかくて狭く、広場の周りには古道具屋さんが並んでいる。
まぁ、骨董品なのだろうが、価値があるのかないのかわからないが、本当に古そうなものがある。
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このガラス食器は田舎の地下室とか物置にあったものらしい。
戦前のチェコ製とかハンガリー製というのもあった。ただ古いだけ。
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フリーマーケットの時間には美しいガラス食器や陶器なども所狭しとある。
まぁ、有名も減ったくれもない、古い、それだけ。


ミシンはシンガーの足踏み、ひょっとして直せば使えるかも、、。
職人さんもいそうなお店の前に置いてあった。
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このミシン台をコーヒーテーブルにする人もいるという。
ミシン台二つの上に板を載せて食卓やら机にする人もいる。
昔、ここに台湾製の手回しミシンが置いてあって、今も使えて、アンティークとして飾っても素敵らしい。その当時は安かったけれど、今は使えて飾れて、高価な値段がするらしい。ここには今はもうないだろうけど。
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この椅子はぼろい。こんな椅子を買う人がいるのかな、広場にいる職人さんに頼むと、新しい布や皮に張り替えてくれるという。店の中を見るとオリーブの木で作った家具もある。
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古い家具はあまり好きではないがクレタ風の民芸家具は結構好きである。
なんというか、鎌倉彫のような椅子や長椅子やテーブルや寝台なのだが、クレタ島の伝統風な彫刻なので、好き嫌いはあると思う。わたくしは基本的に高級とは縁がないし、シンプルが好き。まぁ、あればいいかな、という感じである。

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# by lemonodasos | 2016-08-07 18:17 | アテネ アティカ | Comments(0)
Αρχαιολογικό Μουσείο Θηβών
Archaeological Museum of Thebes


Θρεψιάδου 1, πλατεία Κεραμοπούλλου, Τ.Κ. 32200, Θήβα, Βοιωτίας
Thepsiadou 1,plateia Keramopoyllou,Τ.Κ. 32200, Thiva, Viotia)
Open - Winter: 8:00 - 15:00/- Summer: 8:00 - 20:00
Telephone: +30 22620 27913/Fax: +30 22620 23559


ティヴァ考古学博物館がオープンした。
10年位以上もずっと閉まっていて、毎年いつ開くのか?と電話していた。
新しくなった博物館はとても充実していた。


博物館の庭

ティヴァ考古学博物館の庭に13世紀建てられたフランク人の塔が残っている。
なんか、それほど、大したこともないかもしれないと思ったのだが、中に入ると、なかなか趣があり、深い歴史を感じる。
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等の入り口がきれいに修復されていた。
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中は結構広く、中世の城主とその夫人が飾ってあったが、それは最近誰かが描いたもので、なかなか情緒があった。
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分厚い壁に明り取りの窓がついている。
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ガラス床の下の地中にフランク人のヘルメットなのか、砲弾なのか知らないがあった。ここにいたフランク人は後世に攻め込んできたカタロニア人によって全滅したという。あまり資料がないので、よくわからない。
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中世の塔のわきに大きなライオン像が何体化展示されていた。
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ライオン像の周辺の屋根のある庭というかロビーに彫像類が展示されていた。
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博物館のロビーの展示
大理石の墓碑
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大理石の円形祭壇
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大理石の女性のレリーフ、おそらくアフロディーテ女神像
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<
博物館内の展示

 
アンフォラ 
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クレタからテーバイへ運ばれたオリーブオイルはこのアンフォラという壺に収められていた。アンフォラというのはブドウ、オリーブ・オイル、ワイン、オリーブ、穀物、魚、ドライフルーツなどのを入れて保存したものである。このアンフォラには線文字Bで文字が書かれている。

ミケーネ時代のラルナクス
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ラルナクスとはギリシャ文字ではλάρναξ( 複λάρνακες) で、ラテン文字ではlarnax (複 larnakes)と書く。
これらのラルナクスは紀元前14世紀から紀元前13世紀のもので、火葬され灰など人間の身体、骨などが納められた、小さな棺として使用された。これらのものはミケーネ時代のものではあるが、ミノア時代の影響を多く受けている。


ミケーネ時代の宮殿の壁画
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この壁画は旧カドモス宮殿(オールドカドミオン)跡から発見されたもので、巫女たちが描かれている。

アポロン・プトオス聖域で発見されたクーロス像
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アポロン・プトオス聖域からの出土品多く、アテネの国立考古学博物館にもクーロス像をはじめとする様々な出土品が展示されている。

古代テーバイにあったカヴィリ聖域で発見された奉納品
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カヴィリの神々はへーバイトス神(火山、鍛冶、職人)とリムノス島カヴィロという女神の子供たちである。この子供たちは性別も名前も秘密にされている偉大なる神々なのである。カヴィリの神々に聖域はリムノス島、サモトラケ島、ディロス島、インブロス島(現在トルコ)、本土のヴィオティア(ボイオティア)のティヴァ(古代テーバイ)にあった。

古代都市タナグラで製作されたタナグラ人形と呼ばれるテラコッタの小像類
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このテラコッタ像ができたときは彩色されたものだった。古代ギリシャの全土からタナグラのテラコッタ像は出土する。古代タナグラはお人形の名産地だったのかもしれない。今は色あせてしまった。歯科医古代の大理石彫像も真っ白と思う人がいるが実は彩色されていたのだった。

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# by lemonodasos | 2016-08-05 21:38 | 考古学博物館 | Comments(4)
ヘカテー三頭部の大理石彫刻
Μαρμάρινο Ανάγλυφο που παριστά την τρίμορφη Εκάτη
Mable relief of three-headed Hekate


トリポリ考古学博物館
Αρχαιολογικό Μουσείο της Τρίπολης στην Αρακαδία
Archaelogical Museum of Tripoli at Arkadia


ヘカテー女神の頭部彫刻はギリシャ古典時代の終わりのころに大理石で制作された。テゲアで出土したもの小さな彫刻である。三方向を向く胴体部分は欠損している。 
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ヘカテー女神はあの世のとこの世を行き来する神であり、
人間たちの行く道の三叉路に松明をかざして立つ。
三方向は「過去、現在、未来」、あるいは「処女、婦人、老婆」、
あるいは月と関連して「上弦、満月、下弦」など。
古代ローマにおけるヘカテー及びディアーナ(アルテミス)の形容語として、
トリヴィア(ラテン語: Trivia)という。

中世になると魔女や魔術師の崇拝される女神となってかわいそうと思う。

ヘカテー女神についてはここを参照→ヘカテー wikipedia
 
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ヘカテーはギリシャ文字で、 Εκάτηと記述し、
古代ギリシャ語ではヘカテー、現代ギリシャ語ではエカティと読む。
古代といっても、地域によってはエカティと呼んでいたかもしれない。
まぁ、日本の変遷と同じように、奈良と平安…江戸と政治勢力のあるところの言葉の影響もあるし。ホメロスの時代のようにいつまでも古典期、ヘレニズムが同じというわけでもないしね。
  
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# by lemonodasos | 2016-08-03 19:42 | 考古学博物館 | Comments(0)

by 檸檬の森